防湿庫を買いました。今までは自家製の簡易ボックスでカビもなく問題なかったのですが、今後のことも考えてもっと楽に管理が出来そうなので導入となりました。湿度40%で保管されるカメラを眺めていると安心してしまい、なんだか出撃が減りそうな気がしてしまいます。

懐かしい中山宿、この頃は自家プリントに嵌まっていましたので、モノクロでの撮影も多かったです。メインはネオパンプレスト、たまにイルフォードも使いましたが、マルチグレードの印画紙が普及してきて素人の私でも結構楽しめた時代でした。


いままで散々逃げまくっていた自治会の役員ですが、今年はついに引き受ける羽目になってしまいました。土曜日にイベントが重なることも多いようで、任期の一年間は涙を呑むことも増えそうな予感がします。

初夏のこの日は、利根川の水量が多いうちに写したいと出かけましたが、午後は会合ということでとんぼ返り、こういう時に限って天気もいいのには参ります。下山では高崎のNさんとご一緒させて頂き、貴重なお話を伺いました、ありがとうございました。


雨上がりの紅葉山で撮ったデゴイチ、別になんの特徴もない駅撮りの一枚ですが、自分では結構気に入ってます。撮った本人にしかわからない現場の空気が感じられるからかもしれません。自己満足ですみません。


ネタ切れにつき本日はDLで更新、というか新潟鉄道記の梨五郎さんが懐かしいDD13の記事を出していましたので、こちらも勝手にコラボしてみました。蒸機ファンには憎きDLですが、国鉄と共に終焉を迎えたDD13にはなぜか哀愁を感じてしまうのです。

九州へ渡った初日、冷水では蒸機列車は来ず、飯塚でやっと出会えたD61は単機だし、やけくそで訪れた直方は赤い機関車ばかり、駅外れの跨線橋でやっと撮った重連はDD13でした。昭和48年8月撮影

t_宮崎機関区
「今日は田野?それとも青井岳に行こうか」そんな会話をしながら宮崎駅のホームで列車待ちをしている時の何気ないスナップ。今考えると勿体ないことをしました、もっとまじめに記録しておけばよかった!

宮崎はC57の宝庫でした。右手に写ってるのはC57117、この年の春にお召しを牽引した罐です。架線ははまだ張られていませんが電化を控えてだいぶ準備が進んでいるようです。この光景が見られるのもあと僅かとなっていました。

おっと、ホームに到着列車のアナウンス、延岡からの普通列車が入線してきました。とりあえずこの列車に乗り込み一駅だけの蒸機かぶりつきを楽しみます。
t_c6120j.jpg


長い列車の旅から解放され、やっと一枚目のシャッターが押せたのは苫小牧でした。乗り換えの時間を利用してヤードへ行ってみると、いましたいましたD51が、放牧されている馬のように、点々と留まっています。まずはこれで一安心と追分に向かう普通列車に乗り込むのでした。

この頃、仲間内の流行は黄色のY2フィルターでした。無理して買ったので晴れの日はよく付けて撮りましたが、いま見るとモノクロながら青空や雲の感じが伝わって来て良かったのかなと思ってます。


只見線から磐越西線へワープして、時間ギリギリでの尾根登りはさすがに堪えました。道の駅で日陰を探してやまさんとまったりしていたら汽車遺産さんから連絡を頂き、とりあえず柳津町で湿布を探してから西方に向かうことになりました。

第一鉄橋のちょん見えですがいい眺望です。気温高めとはいえ少しは煙がほしいところ、マムシちゃんとご対面したのはこの帰り道でした。


暑くなって来ました。職場のある幕張では年一回のエアレースがあり、飛行機の爆音が土日と響いていました。汽車の音なら興味がありますが飛行機だと騒音にしか聞えません(失礼)好きな方は暑い中、空を見上げて観戦されていたのでしょう、お気持ちはわかりますのでお疲れ様でした。

本日は今年の湿原号で更新。無事に飛行機が飛んで帰宅できましたが、帰ったとたんにC11故障のお知らせにはびっくり。これでまた冬のお楽しみがひとつなくなってしまい残念です。


新緑まぶしい山間の風景には癒されるのですが、何故かここは騒々しい・・・

ちょうど列車の走っているあたりの道路はメロディーロードになっていて、車が通るたびに「カントリ~ロ~ド♪」と聞こえてきます。はじめは心地よい感じですが、時間が経つにつれて騒音に近い感じになります。そしてSLの時間が近づき追っかけが来るとカントリーロードの輪唱になりそれはそれは賑やかです。いっその事メロディを「静かな湖畔」にした方が、外で聞いてる分には楽しめると思いますけど、どうでしょう?

追記
この日は奇跡的に追っかけの車が列車と併走していません!騒音なしでブラストを聞くことが出来ましたとさ。

t_おにしか
当時、SL少年のバイブルだった「山渓・蒸気機関車の旅」を見て、どうしても行ってみたいと思い降り立った羽幌線鬼鹿駅。廣田先生の写真は厳冬期のD61重連でしたが、こちらは真夏の9600ということでイメージとは全く異なったものとなりました。遠く見えるは雄冬の岬でしょうか、残念ながら廃線となってしまいましたが、43年経った今もこの風景は変わっていないのでしょうか。

この頃は運炭を担ってたD61も引退し、稚内の9600が一往復しているだけでした。当然わざわざこちらへ来るファンも少なく静かなもんです。駅には海水浴場のポスターが貼ってありましたが、昼間なのにあまり人を見かけることもなく寂しい印象しか残っていません。昭和49年 8月撮影

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筋金入りのB級蒸機ファン
雨男集団、ヘロヘロSL隊
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